01


ソファーに身を沈め、組んだ足の上に雑誌を乗せる。パラリと雑誌を捲る綺麗で長い整った指先につい視線を奪われた。

あの指に触れられただけでいつもドキドキしてどうしようもなくなるんだよなぁ。

触れたいな、触れてくれないかな…

て、違うだろオレ!

ハッと一人で赤面して首を横に振る。

リビングに入ったオレは両手を後ろに回し、ソファーに座る夏野の正面に立った。

「ん?どうした千尋?」

オレにすぐ気付いた夏野は雑誌を捲る手を止めて顔を上げる。

「あ、その…」

いざ渡すとなると何だか恥ずかしい。

「ん…?」

すぅはぁと小さく深呼吸を繰り返し、早口で告げた。

「っ、これ!今日バレンタインだから…あげる///」

見つめられて、顔が赤くなるのを自覚しながら後ろ手に隠していたチョコを夏野の前に突き出した。

「千尋…」

夏野は一瞬驚き、オレの手にある包装された箱を受けとる。

「嬉しい、ありがとな」

ふっと瞳を細めて柔らかく笑った夏野に見惚れていれば、伸びてきた手にグッと右腕を掴まれ抱き締められた。

「な、夏野!?///」

肩に顔を押し付けるような形になりオレは慌てる。さらりと髪を掻き上げられ熱い吐息が耳を掠めた。

「開けても良いか?」

その甘い低音にオレはコクコクと頷くのが精一杯だった。

包装された箱の中には市販のチョコレートが八個鎮座していた。

ふわりと香ってきたチョコの甘い匂いにオレは夏野の肩に顔を押し付けもごもごと口を開く。

「本当は手作りにしたかったんだけど、…失敗しちゃって」

チラリと夏野を見上げれば、向こうもオレを見てきて視線が絡まった。

「頑張ってくれたんだろ?その気持ちが嬉しい」

「…ん///」

「でも、失敗作でも千尋が一生懸命作ってくれたものなら俺は喜んでもらうぜ」

「それは駄目!夏野には美味しいものを食べさせてあげたいの!」

肩から顔を離し、オレは言う。

夏野の言葉はものすっごく嬉しいけど、ここは譲れない。

「そっか」

優しげに口元を緩めた夏野に髪を撫でられる。

「そうだよ。ね、食べてみて」

急かすオレに苦笑し、髪を撫でる手を止めて、チョコレートを一つ手に取った夏野は口へと運んだ。

「どう?美味しい?」

「ん、…洋酒が入ってるのか」

「うん。たまには大人っぽくいこうかと思って…駄目だった?」

首を傾げたまま夏野をジッと見上げていれば夏野は新たなチョコを手に取る。

「大丈夫、美味しい。千尋も食べてみるか?」

「……うん///」

ちょっと恥ずかしかったけどあ〜と口を開ければ、コロリと舌の上に甘い塊が置かれた。

むぐむぐと舌の上で転がせば甘いチョコレートが溶けて自然と頬も緩む。

ん〜、美味しいv

けれどチョコが溶け、中からとろりと洋酒が溢れ出すとオレは眉を寄せた。

「ん…」

「どうした?」

「ん〜〜(苦い)」

顔を覗き込んできた夏野にオレは目だけで訴えた。

「あぁ、洋酒駄目か?」

すぐに言いたいことに気付いてくれた夏野にオレはうんうんと頷く。

美味しくない。こんな味とは知らなかった。

チョコを飲み込めないでいると夏野はしょうがないなと困ったように笑い、オレの頬に触れた。

「千尋」

「んん?」

「じっとしてろよ」

「んっ!?」

え?何々?何で?
いや、嬉しいんだけど…
そうじゃなくて!

「ん〜〜!?///」

プチパニックに陥っている間に重ねられた唇から舌が侵入してくる。

「ん、ふっ…ぅ…んんっ…」

口内をゆっくりと、丹念に愛撫する舌。くちゅりと耳に伝わる水音に恥ずかしさが増す。

「…っ…ん…んん…ぁ…ふっ…っ…」

あっ、…苦くても甘いキスなら好き、かも…。意識が熱に浮かされた様にぼぅっとしてきた。

「んっ、…千尋」

唇が離れていく頃にはオレはくたくたで夏野の肩に寄りかかっていた。

「はぁ…ふっ…」

「甘いな…」

チョコで汚れた自身の口端を夏野は指先で拭った。

「〜っ、ずるい夏野///」

「何がだ?」

大人の余裕を見せる夏野にオレはちょっぴり悔しくなって、夏野の肩にぐりぐりと頭を押し付ける。

「だって…」

「だって?」

「…俺ばっかドキドキさせられて…俺ばっか夏野が好きみたいで///」

さっきから心臓がドキドキしっぱなしで顔から熱が引かないんだ。

頭を肩に押し付け、文句を言えば夏野はオレの髪を撫でながら苦笑した。

「そう見えるだけだ。俺だって千尋が好きだし、結構いっぱいいっぱいだぞ」

「嘘だ。夏野はいつも余裕そうにしてる」

髪を撫でられる感触に頬が緩みそうになったけど、頑張って抑えて、オレは不満だと口にする。

すると髪を撫でていた手が止まり、夏野に肩を掴まれて密着していた体を引き離された。

もしかして怒った?

黙ってしまった夏野を恐る恐る見上げる。と、

「いいのか?」

と、真剣な顔で唐突に聞かれた。

「え?何が?」

「本当に余裕なんてないんだぜ。こうしてお前に触れてるだけでも十分幸せだ。けど、その先がある事を知ってるからもっと欲しくなる」

肩に置かれていた夏野の右手がオレの頬に触れ、指先が唇の上を滑る。

「…ぁ///」

「キスだけじゃ足りない。抱き締めるだけじゃ満足出来ない。もっと…お前が欲しい」

「ぅ、っ〜〜〜///」

言われた言葉を理解して、オレはカァーッと顔を真っ赤に染めて固まった。

“お前が欲しい”って///

そんなオレを見て、夏野はふっと息を吐き出すと優しく言葉を続けた。

「ほら、困るだろ。俺にも余裕なんてないんだ。あんまり俺を煽るような事するな」

唇から離れていく指先をぼぅっと見つめながら、オレは小さく呟く。

「……よ」

「ん?」

聞こえなかったのか夏野は聞き返した。

「…夏野なら、オレ、いいよ」

恋人同士にはなったけどオレはまだ最後までしてもらったことがない。

「……何、言ってんだ。キスだけでくたくたになってる奴が」

「むっ、…だったら練習する」

「練習?どうやって?」

夏野がオレを大切にしてくれてるのは分かってる。けど、…オレだって。キッと夏野を見上げ、オレはえいっと背伸びをした。

ふにっと唇に温かな感触、目の前には驚きで目を見開いた夏野。

オレは驚きで薄く開いた夏野の唇におずおずと舌を侵入させた。

「…んっ!」

しかし直後、ぐんっと強い力で肩を掴まれ、またしても引き離される。

「―っ、お前!」

瞳を揺らし、動揺する夏野にオレは思いきって言った。

「夏野と練習する!夏野がいっぱいしてくれればいいの!」

「っ、…お前は俺の理性を切る気か?」

「だからっ、夏野にならオレ何されても良いんだって!」

自分が大胆な告白をしていることにも気付かず、オレは夏野に抱きついた。

この想いが伝わるようにぎゅっと強く、強く、抱きつく。

「はぁ…まったく、…お前には負けたよ千尋」

ぽんぽんと背中を二度、軽く叩かれオレは促されるように顔を上げた。

「途中でやっぱ止めたとかは聞かないからな」

「っ、うんっ!///」

優しく細められた瞳に、嬉しさと、今さらになって恥ずかしさが込み上げてくる。でも、

「まずはキスから、な」

愛しそうに触れてくる夏野の手から逃げようとはまったく思わなかった。





さぁ、キスから始めよう―。


END


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